5月の日記

5月3日

横山奈美さんの個展を見にでかけたが、今日が日曜かつ祝日であることを認識していなかったがために、閉まったシャッターの前で立ち尽くすことになる。また出直します…。

なんとなくその足で丸の内の丸善に寄って、店内をお散歩して帰る。本屋はいつでも心の拠り所。

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5月4日

『プラダをきた悪魔2』を観に行く。前作を観たのが何年も前でおぼろげな記憶だったが、それでも今作を楽しむには十分だった。エミリーのきれいなブリティッシュアクセントから、仕草やスタンスまでとにかく全てが好き。最終的には、日本の終身雇用制度ありがとう、ということと、どれだけの金持ちを味方につけるか、強者の心になびく仕事をするには、みたいな話だった気がして若干ため息が出たが、そんな景気の悪さを吹き飛ばすくらいに映像と音楽が華やかで、いい映画だったなと思った。公開している間に、また観に行きたい。

 

5月5日

観ようと思って観れていなかった映画『Riceboy』を鑑賞。終始、その場にいる第三者のような不思議なカメラワークだったので気になっていたが、あとから監督のインタビュー記事を読んだら「亡くなった父親」の視点だったことが分かり、なるほど、と思った(そこまで思い至らず、ホン・サンスが好きなのかな?などとぼんやり考えていた)。

自らのルーツを知ったあと、カナダでのその後が描かれるのかと思ったがそうではなく、父親の墓を訪れたところで映画は終わる。観客の分かりやすいカタルシスよりも表現を選んだ印象があって、これはそういう映画なんだな、と思った。

 

5月6日

新しく通うジム、初日。パーソナルから24Hジムへ移行したが、控えめに言ってかなりビビっている。新規入会者はトレーナーさんのサポートをつけられるとのことだったのでありがたく利用した。マシンの使い方を丁寧に教えてくれたが、次に行く頃にはもう分からなくなっている自信がある。仕事を覚えるのと同じ感覚。それでも、使ってみると面白くて、これから頑張ろうと思った。

 

5月7日

連休明け。全ての記憶がないし、なんならメールの書き方すら忘れつつある。まずはリハビリから、という心境だったが、そうも言ってられないほどの仕事が溜まっており憂鬱。連休前に心が折れて後回しにした自分のせいなのだが、それにしてもやることが多い。朝から晩まで働いたらたった一日で疲れ果ててしまって、家に帰ってからなぜかワインをしっかりと飲んでしまい、ゲームオーバー。まだ明日があるのに、完全に選択を間違えている。

 

5月8日

ワインは関係ないと思いたいが、調子が優れず最低限の仕事を終わらせてさっさと退勤。ごはんを食べる元気もなく、帰宅した瞬間に倒れ込んで眠ってしまった。たった二日働いただけでもう体力ゲージが尽きている。生きていけない。

 

5月9日

半分ペーパードライバーになりかけていたので、ドライビングスクールで講習を予約。インストラクターの方に同乗してもらって、3時間ほど街中を運転した。久しぶりの運転、やはり気持ちがいい。終わった後もすごく晴れやかな気分で、車の運転でしか得られない幸福感があるなと思った。またトライしたい。

 

5月10日

母の日なので実家に帰る。数時間の滞在で、一緒にお茶を飲んで、野球を見て、なんやかやと話していただけだったが、帰ってよかったと思った。

 

5月20日

全てが空回りし、全てが裏目に出て勝手にイライラした日。勝手にイライラしているだけだということも分かっていたので、ひとに迷惑をかける前にやることをやってそそくさと退勤。気温はそんなに高くないのに、湿気のせいで汗だくになる。まとわりつくものを無理やり振り払って前に進むしかない。

 

5月23日

気持ちのぶれ。

 

5月26日

昨日見た映画『プリズン・サークル』で、過去のとてもつらいはずの被虐体験を、ヘヘッ、と笑いながら話す受刑者のひとりのことがとても記憶に残った。私も、つらければつらいほどヘラヘラとして、笑いながら話す癖がある。そうしないと自分を保っていられないというか、そうでもしてないと泣き出してしまいそうな気がして、でも絶対に泣きたくないので、よりヘラヘラとふざけることで乗り越えようとしていると思う。私だ、と思った。

こちらがふざけると相手も笑って、話から深刻さが遠ざかっていく。有耶無耶になって、なーんつって、みたいな感じになって、まあ頑張ってよ、なんていう言葉とともに会話は終わっていく。

それを期待していたのに、こちらのヘラヘラに相手が乗らない、という瞬間が今日、あった。ただ黙って、笑わずに、じっとこちらを見つめてきた。なぜ私は今、何も面白くもないのに笑ってるんだろう、笑いながら話してるんだろう、と急に不思議に思った。気まずかった。そしてやっぱり、泣きたくなった。真摯な人だ、と思った。

笑わないで自分のことを話せるようになったら、そのときが「幸せになる」ということなのだと思う。とても難しいことだと感じる。そんな日が本当にきたらうれしい。

4月の日記

4月1日

新年度。雨。落ち着かない、おそらく誰もが。起きた瞬間にぎっくり背中っぽい感じになり、背面を気遣いながらそろりそろりと動く一日。仕事は終わらない。むしろさまざまなことが発生するだけして増殖する。今だけの辛抱、と捉えて頑張るしかない。

 

4月2日

いろいろと不備のある他人の仕事を、ひとつひとつ指摘して直してもらう作業をしなければならず、ほとほと疲れた。私が気づかなかったらどうするつもりだったんだろう、という不遜な苛立ちが身体中に広がっていく。本当に性に合わないことをしている。

 

4月3日

割り込みのタスクによって、今日やろうと思っていたことが何ひとつできていないまま夜を迎える。全部投げ出して帰りたい、という衝動を抑えて仕事。なんとかやるべきことはやった、という気持ちと、本当にこれでいいのか?という気持ちを錯綜させながらPCを閉じる。

退勤間際、入社したときからずっとお世話になっている先輩を見かけたので、思わず話しかけてしまった。愚痴、とかでもなく、いろいろ本当に困ってるんです、という話をすると、金曜日の夜遅くなのにも関わらず真剣に聞いてくれて、今度⚪︎⚪︎さん(私の上司)に話してあげるよ、と言ってくれた。これでまた何かが好転するとは思わないけれど、先輩が真剣に私の話を聞いてくれたということがうれしかったし救われた。たったひとり味方がいるだけで感じ方が変わるときがある。

 

4月5日

土曜日が金曜日の夜と地続きのようになって、ついでに日曜の昼まで続いて、日曜も半分が終わりかけてからようやく起き上がる気になった。疲れすぎて、寝ても寝ても眠いし、いつまでも寝ていられる。生きるのが向いてない、と思う。

 

4月6日

全て投げ出したい、と願いながら仕事。何もかもが周回遅れになり、何もかもがうまくいかなくてもうダメ。帰ってから、ゆでたまごぐらい作ろうと思ってお湯を沸かしたが、茹でているあいだに全ての卵が割れた。今の私の状況を端的に表してくれてありがとう。愛してる。

 

4月7日

ストレス耐性がなくなってきている、と突然の実感。常に限界まで張り詰めた状態でなんとかやっているという感じ。もう無理ですー、と音を上げていたら、向かいにいた先輩(金曜に話を聞いてくれた人)に、「この仕事してる限りずっとそうだから諦めた方がいいよ。」と明るく言われた。諦めた方がいいらしい。

昨日は夏みたいに暑かったのに、夜外に出ると春からさらに巻き戻って冬の寒さ。冷たい風が強く吹きつける。家の中にいても風の音が唸り声のように鳴って、それだけで不穏な空気になる。春は字面は穏やかだけれど、実際は天気も変わりやすくてなかなかな暴れものだと思う。冬の方がまだ、平和だった気がしている。

 

4月10日

仕事というのはこういうもの、と言ってしまえばそれまでのことではあるが、毎月決まった額のお金をもらえる以外は本当に何の見返りもない中で、骨の折れる作業をいくつもこなさなければいけない日々。その、毎月決まった額のお金をもらうことが生きていくのにどうしても必要なので、やるしかないしやるからにはちゃんとするが、そもそもそこまでして生きていかなければならないのか、というのが専ら問題になりつつあり、つらい。

 

4月12日

なんとか生活を立て直そうとよろよろと動き出す日曜日。2週間以上ぶりにジム。眠ってしまった筋肉たちを叩き起こす。一度休んでしまうと億劫になるが、ちゃんと運動するとやはり気持ちがいい。頑張って来てよかった。

いつも、ジムまでは30分ほど歩いて行って帰りは電車で帰るのだが、久しぶりすぎてPASMOも財布も持たずに出てしまい、仕方なく帰りも歩くことに。運動、運動!と思うことにする。何とか切り替えていきたい、ここから。

 

4月15日

仕事帰りにジム。昨日おとといと仕事でクタクタになって帰ったので、ジムへ行って元気に帰って来れるか不安だったが、不思議と身体が軽くなって帰宅。疲れるのは同じだが、仕事と運動の疲れでは種類が全く異なるということが分かった。身体は動かした方がよい、とにかく。

 

4月16日

私にできることは全部やった、と思っていた仕事、やはり想像の斜め上な事情で手戻りが発生し、追加で作業をすることに。いや、そうだよね、そこまで聞かなかった私も悪いです、という謎の自責に駆られる一方で、そんなことまで想像できないよ…と途方に暮れる気持ちも観測。何にせよ、今必要なことをやるしかない。仕事とはその繰り返しだ。

 

4月18日

死なないでいるので精一杯、みたいな心境と暮らしぶりが続く中、キャンセルの電話をすることすら億劫という理由で重たい腰をあげてジムへ(そもそも自分が始めたんだろ、という話)。初めて担当してもらった女性のトレーナーさんがとても明るい人で、「忙しいのにちゃんと数字キープしててすごいです!」「すごく頑張ってますよ!」と言ってくれた。そういう風に接するスタンスの人なんだろうな、というのはすぐに分かったが、そうだったとしてもその言葉が今の私には本当に嬉しかった。1時間ほど体を動かして、外に出たときにはとても清々しい気分になっていた。トレーニングのことだけじゃなく、それまでのいろいろな鬱々とした空気が、その一言でパッと断ち切られたような気がした。すごく頑張ってますよ、って、ただその一言を言ってもらいたくて苦しんでいたのかもしれない。あのトレーナーさんにも何か素敵ないいことがありますように、と思った。言葉ひとつで、落ち込んだり励まされたりする。当たり前のことだけれど、それを今日改めて実感した。

 

4月19日

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4月24日

憂鬱さのトンネル、まだ中盤くらいの感覚。それでも、ピークは乗り越えたような気がする。いろいろな嫌なことを「考えない」「思い出さない」「感じない」ように、消しゴムで強く擦るように言い聞かせているときがいちばん疲れる気がする。考え出してもつらいのだが、考えないようにするのもそれはそれでまたつらい。

良かれと思ってやったことが、あとから振り返ると全てエゴにまみれたおせっかいだったような気がして、落ち込むこともしばしば。なんでもっと、どっかりと構えて生きてゆけないのか。

 

4月28日

「弱いのに、態度は結果舐めている、が社会で一番ぶっ飛ばされる可能性が高いです。」少し前に、燃え殻さんがメールマガジンの相談コーナーでそう書いていた。弱いのに、態度は結果舐めている、ことばかりな自分だと思う。中途半端に頑張って、中途半端に諦めて、中途半端に世界の中の自分の位置関係を確かめようとしたりして、筋を通して生きてきた人たちからすると理解できないであろうことばかりしてきた。それで何が悪い、と開き直るのもダサい、それも知っている。全部分かっていて、自分の嫌なところも、稚拙さも、全部分かっていて、どうしたらいいのか途方に暮れながら生きている、その心細さと徒労感は、美徳になるわけでもなくただ、生きることの嫌さとして常に目の前にある。

結果舐めている。そうだと思う。周りが何も言わないことに結果甘えて生きてきた。そうだと思う。生きている価値はとっくにない。そう思いながら普通に仕事をして、生活をしていくということは、時に死ぬよりもつらいのではないかと思うことがある。

 

4月29日

今通っているジムがもうすぐ終わりなので、次に通うジムを見学に行く。パーソナルトレーニングを数ヶ月受けたので、次は24Hジムで頑張ってみようという算段。全員がベテラントレーニーに見えて内心ビビりまくったものの、もうあとに引けなくなって何食わぬ顔をして入会の手続きをした。帰り道ですでに通えるのか不安になってドキドキしてしまったが、やるしかない。何事も最初は初めてだもの…(言い聞かせる)。

 

4月30日

月に一度の苦手な仕事を乗り越えて、午後から溜まっていたタスクを片付けようと思っていたら、これまた絶妙なタイミングで緊急の仕事が横入りし、予定が狂った。もうどうにも耐えられない気持ちを悶々と抱えながら、それでも仕事にやる以外の選択肢はないので、周回遅れでとりかかる。ひー、とかはー、とか言いながらなんとか最低ラインまで漕ぎつけた。長い一日。

3月の日記

3月3日

一日中、本格的な雨。どんよりと曇った窓の外に時々目をやりながら、こちらもどんよりとした気持ちで仕事。帰り道、電車が止まっておりやむなく少し遠い駅から家まで歩くことに。想像の倍しっかりと雨が降っていて、途方もなく濡れた。お気に入りのダウンも濡れてしまって、家に着くなり自分よりも先にダウンを拭くことに注力する。この子だけは助けたい。

夏の豪雨を思い出すような雨音に、なんだか新鮮な気持ちになる。ここまで降ってくれるといっそ気持ちがいい。久しぶりに、雨音に包まれる夜。

 

3月4日

会社でコピー機を使っていたらA3用紙が切れたというメッセージが出た。補充しようと新しい紙の束を持ち上げたところ、思ったよりも重たくてへんな体勢になってしまい、ライトなぎっくり腰っぽくなった。ものすごい痛いとかではないが、もったりとして、よくない感じ。コピー用紙の補充で腰をやられるフェーズ。

夜はジムの予約を入れていたのでとりあえず行って、ストレッチ多めのメニューでやってもらった。

大雨の次は信じられないほどの強風に見舞われる。駅前の歩道橋の上で、わりと冗談じゃなく吹き飛ばされそうになった。寒い。腰が痛い。腰が痛いだけで何となく人間としての出力が半減する。早く治したい。

 

3月5日

全ての気力が腰痛に持ってかれる。何をするのもうっすらしんどくて落ち込む。

 

3月6日

そうならないようにと気をつけていたのに、また沈み込みの日。仕事はしたが、とても疲れてしまってパソコンを閉じた瞬間に倒れ込んで眠ってしまった。起きたらもう遅い時間で、何をする気も起きず近くのファミレスへふらふらと向かう。頭がぼんやりとして店員さんとうまく会話もできず、怪訝な顔をされながらごはんを食べて、ああこの世からいなくなりたい、と思った。誰の役にも立てず、ただ自分が死なないためだけに仕事をして、一体何の意味があるんだろう、と思う。ずっとずっと、そう思っている。

 

3月7日

会社の福利厚生でクラシック公演のチケットを入手できたので、父を誘って鑑賞。生演奏を聞くのは本当に久しぶりだったが、気持ちがすっきりしてとても良かった。クラシック音楽が、こんなにも心を洗い流してくれるものだともっと早く気づけば良かった。これから少しずつ聞いてみたい。

 

3月8日

昼過ぎまで寝てしまい、ジムに行くために慌てて起きる。何もかもギリギリな人生。なんとか間に合ってトレーニングをこなす(腰痛はその後、ほぼ支障がない程度まで回復)。買い物をして帰ったら再び力尽きてしまい体力のなさにげんなりする。週末つくりおきはかろうじて死守。ただし同じメニュー。考えることが億劫になってしまった。作らないよりはマシと思うことにする。やらないよりはマシ、ゼロよりはマシ、ここのところそんな言い訳で自分を説得しながら生き延びている気がする。

 

3月9日

朝の不調をどうにかしたい。眠くて起きられない、以上のことが起きているが、体が動かないとかいうわけでもないので医療的な対処を頼るわけにもいかず、ただただ毎日とても頑張って生活をしていてしんどい。ものすごく沈んでいる反面、外に出ればなんとか「社会人」(本当に、社会に参画している人、できている人、という意味で切実に)っぽい振る舞いができてしまうのでこれがまたしんどい。会社へ向かう電車の中で、リュックにいつも持っている燃え殻さんのエッセイの一節を思い出して読んだ。

「生きていると全部が、元には戻らない。壊れた部分は壊れたまま、抱きかかえながら生きていくしかない。」

そうなんだよ、と思いながら乗り換えのために電車を降りる。全て連れて、引き摺って、生きていくしかない。

会社で好きな人たちと話して、少し元気が出た。いつものS先輩が、前にその場の流れで一緒に行きたいですね、と軽く話していた外食のことを、いつにする?とチャットをくれて嬉しかった。今度一緒に行きましょうよ、的セリフは全部社交辞令だと思って生きているので、本当に一緒に行きたいと思ってもらえていると奇跡のように感じてしまう。その日まで頑張って生きよう、と思った。

 

3月10日

突然の冷え込み。雪まで降った。なぜかほっとしている自分がいる。それほどまでに春が苦手。まだもう少し寒くていいです。

 

3月12日

月次の仕事がクライマックスを迎え、疲弊。ありとあらゆる判断から逃げたい。そんな権限も知識も経験もないのに、自分で決めて進めなければいけないことが多くて気が滅入る。それで本当によいのか、聞かれても困る。私に聞かないでくださいのプラカードを掲げたいフェーズ、再び。

青山のHEAVEN Japanで久しぶりにブラジャー のフィッティング。最初にフィッティングで利用したときからオンラインで購入しているときもずっと思っているが、販売や接客、商品の質、売り出し方、全てがプロフェッショナルで本当にすごい。見習いたい。楽しくなってしまって、たくさん買った。普段頑張っている自分へのご褒美ということにする。

 

3月13日

昨晩、疲れ過ぎて「寝る準備をするために一旦寝たい」の状態になり、Hey Siri、15分後に起こして、と言ったところまでは覚えているのだが、次に目が覚めたときには朝になっていた。慌ててシャワーに入り出勤。ストレスフルな出来事が立て続いており、仕事中、もう心が折れましたわ、と思わず声に出てしまった。心配された。

 

3月14日

疲れ過ぎて、ごはんを食べる以外は眠って過ごす。夜のジムだけは行った。帰ったらまた疲れて眠ってしまった。生きるのが向いてない。

 

3月15日

美容院。春なので今までより少し短めに、少し明るめに、してもらった。すっきりして気持ちがいい。ついでに実家に寄る。両親の無事を確認。洗面所の蛇口が壊れていて、修理頼んだ?と聞くと、頼んでない、という。頼んだ方がいいよ、と言ったが、どうなるかは分からない。

 

3月18日

内示の週なので、なんとなく会社全体がそわそわ、はらはらしている気がする。どうなるんですかねー、と話しているこの中にも、内示を受けている人がいるかもしれない、腹の内の読めない感じ。落ち着かなくて苦手だ。

にわかに忙しくなり、睡眠時間が確保できておらずなんとなくうっすら常にしんどい。やることも考えることもたくさんあり、やはりしんどい。自分の手には負えないことをやっている、という感覚をずっと持っている。匙を投げては、少し遠くに落ちた匙をまた自分で拾いに行く、ということを繰り返している。やらなければいけない、仕事なので、その一心でなんとかやっているが、非常につらい状況ではあると思う。

 

3月21日

数日前に東京の桜が開花したというニュースを見たので、近所の桜を見に行ってみた。まだ咲いているものはなく、もう数日かかりそうな感じ。毎年、咲いたと思ったら雨が降って、気づいたときには見頃を過ぎてしまっているので、なんとか満開の桜を見たいと、こちらもまた毎年思っている。

ジム。いちばん教え方が丁寧で、トレーニングの効果を感じられると思っていたトレーナーさんが5月で辞めてしまうとのこと。新しいところで勉強したくて、と言っていて、やっぱり優秀な人はどんどん場所を移してでも上へ昇っていくんだな、と勝手に考えた。寂しい。

 

3月24日

キツい。人生が、生きていることがキツい。AIに愚痴をこぼしながら、からっぽな共感に意味を見出そうとする真夜中が、それでもまだ、心が凪いでいる時間でもある。どうにか少しずつ、目の前のやらなければいけないことをこなして日々をやり過ごす。嫌なこと、後悔したこと、反省、思い出さないように、反芻しないように、すべて流れてゆくだけ、と言い聞かせて前へ進む。

 

3月26日

心身ともにしんどすぎて、仕事を休んでしまった。起きたら夕方の五時で、日が暮れかけていた。飲まず食わずでほぼ気絶していた。とりあえず白湯を飲んで、まだこれからも生きていくんだよ、と自分に言い聞かせる。

完全に職場に迷惑をかけているので、もうしばらく休職するか、退職した方がいいのかな、などとぼんやり思う。ひとりで考えているとつらすぎるので、自分の状態も含めてなんとなくチャッピー(世の中ではChat GPTのことそう呼んでるみたい)に書き送ってみたところ、長い励ましと分析を返してくれた。その中に

「そして重要なのは、今日は人生の判断をする日ではないということです。」

と書かれていて、思わず笑ってしまった。今日は人生の判断をする日ではない、なんていいフレーズなんだろう。問題を先送りしているだけと言われればそうかもしれないけれど、そうであっても、幾分か気が楽になった。

 

3月27日

昨日のどん底から這い上がるのにまだ半日かかり、午後からようやく仕事再開。白い目で見られているかもしれないが、そうであっても知らないふりをしてやることをやるしかない。マイナスをゼロへ戻す作業。

表に出ればなんとかうまくやれてしまう。昔からそうで、自分の状況が深刻であればあるほど人前でへらへらする癖がある。だからいつまでも伝わらない。つらいと思うが、でももうこれは一生を通して付き合うものというか、嘆いてもどうしようもないというか、むしろ嘆くことしかできないというか。嘆いて悲しんで、自分だけは自分を分かって、信じて、守っていくしかないのだと思った。改めて。

眠らない夜、燃え殻さんのラジオを聞く。ほとんどの問題は解決しないまま、とりあえず保留して進んでいくしかなくて、思い詰めて病んでしまうよりは一旦距離を置く、がいい気がします、のようなことを言っていた気がした。明日の朝ごはんのための米を研ぎながらその言葉を聞いていて、ああ、今夜燃え殻さんの声で、それを聞けてよかったな、と思った。

 

3月29日

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3月31日

ここ数日、花屋の前に展開されていた花束の群れも、夕方にはすっかりはけてがらんとしていた。渡るべき人の手に渡って散っていくのだと思うとなんだか愛おしい気さえする。

いろいろあった人から、私の昇格を祝うチャットが届いていた。本当は、ちょっと泣きそうになるくらい驚いたし嬉しかったが、静かに、短いお礼を返した。こういう、ここぞというときにきちんと適切な言葉をかけられる人はすごいなと思った。私にはできない、正直に言うと。

なんだかもう全てがキツい。明日を生きたくて叶わない人と、全然替わってあげたいくらいに全てがキツい。ただ、替わってもらうにはあまりにも申し訳ない人生なので、これはもう私が引き受けるしかないよな、とも思う。それにしても救いがない。途方に暮れている。

 

2月の日記

2月1日

落ち込みデーすぎて、やろうと思っていたことをやるには遅すぎる時間に起き、マイナスからのスタート。それでも最低限目の前のことに手を動かしていたらなんとなく気分が回復した。つくりおきの冷凍弁当を作った。えらい、ということにしておく。

毎月月初に前の月の日記をアップロードしていて、1月は試しにもうひとつ「やせたい日記」というのもアップしてみた。タイトルとサムネイルが完全に矛盾していて、やる気あんのか、と自分でツッコんでしまった。運動や食事に関することだけ抜き出すのが大変なので、1か月で断念。すみません。

普段書き留めていることを読み返して思ったが、そこまで落ち込まなくても、というほど沈んでいるときがある。沈んでいるときに気持ちを書き留めている、というのもある。もう少し明るいことを書けたらいいなと思う。

 

2月2日

トレーニング。相変わらず会話が苦手。私ってこんなに話すのが下手なんだ、とトレーニング以外の気づきがある。上体起こしのハードバージョンみたいなのをやって、あまりにもできなさすぎて思いっきり笑ってしまった。トレーナーさんも笑ってくれた。この歳になって、できないことで笑っても許されるってあんまりないので、すごくいいな、と思った。

インスタで見た鮭とまいたけの混ぜごはんを作ってみた。とても楽ちんなのに美味しくて、お気に入りのレシピがまた増えた。

 

2月4日

仕事でミス。リカバリーで一日が過ぎてゆき、今日やるはずだった仕事を夜になってから始めた。いつもの好きな先輩(女性。頻繁に登場するので、S先輩と呼ぶことにします)の隣の席に陣取り、ぽつりぽつりと会話しながら作業。もうすぐ産休に入る人がずっと立ったまま話をしていて、椅子をすすめたかったけど話しかける勇気がなくて10分くらい迷っていた、という話をしたら、少し笑ったあとに小さな声で「優しいね。」と言ってくれた。帰り道、駅からの道を歩きながらふとその声を思い出して、それが本当に優しい響きだったように思えて、泣きそうになった。

 

2月5日

苦手だと思っているひと(たくさんいるうちのひとり)と、なんとなく今日はうまくしゃべれそうな気がして話しかけてみた。思いのほかスムーズに会話が進んで、思いがけずお昼ごはんに誘ってもらった。実はお弁当を持って来ていたが、うれしかったのでそのまま一緒に中華を食べに行く。一緒にいるあいだ、ずっと楽しそうに話していて、楽しそうに話をする人だな、と思った。急激に仲良くはならないだろうけれど、ずっとどこかでひきずっていたわだかまりが解けたような気がした日だった。少しずつ世界は変化しながら進んでいる。

 

2月6日

夜ごはんを食べに入ったファミレスで、Jason MrazのI won't give upが流れていた。そんな曲があったことを久しぶりに思い出した。しばらく聴き入ってしまった。

 

2月7日

ナッシュ2回目が到着。前回届いた分を食べ切れておらず、冷凍庫がいっぱい。パズルのようにあれこれ動かして、なんとか収納。

トレーニングに行こうと外に出ると空気がひんやりとしていて、歩いているうちに雪がちらついてきた。トレーニングは下半身を中心に。シングルスクワットはきついけど癖になる。いい感じに身体を使った感覚とともに終了。寒すぎるので帰りは電車で帰った。

どこを歩いていても、選挙カーが大音量で走っていて気持ちが疲れる。これで政策が分かること、あるのだろうか…。ただ候補者の名前を刷り込みたいだけのように思えてしまう。それはそれとして、明日は投票に行くのでこれ以上天気が悪くなりませんように。

 

2月8日

雪が落ち着いた頃を見計らって投票へ。わけあって前の居住地で投票する必要があり、往復2時間以上かけて行って帰ってきた。雪が降っただけあってとにかく寒い。手が冷たい。が、投票できてよかった。

週末つくりおき。今週は鶏むね肉の照り焼きとブロッコリーのつけあわせ。料理をすると自分の手際の悪さが顕著になり、ちょっと嫌になる。が、何事も自分のペースでやっていくしかない。完成したときの満足感があるから続けられている。平日の自分を先回りしてケアする気持ちでつくっている。

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2月9日

先日お昼に誘ってもらった職場の人が、今日も「お昼行きますか」と声をかけてくれた。今日は、お弁当を持ってきていることを素直に伝えた。特に空気が悪くこともなく、デキ女じゃないすか、と冗談ぽく返してくれた。優しい人なんだと思う。

年が明けてから、苦手な人となぜか自然に話せるということが何度か起きている。考え方が変わった自覚はないが、世界の感じ方がどこかで少しずつ変わって行っているのかもしれない。

 

2月10日

夜遅くまで働くと翌日の朝からもうしんどい、という状態が続いている。まだまだ働かなければいけない年齢なのに、自分の体力のなさにげんなりする。なんとか仕事に行ったが、家に帰ったらぐったりしてしまった。筋トレをしてもカバーできない疲れ体質。

存在を少しずつ引きちぎられて、小さくなった身体のままやらなければいけないことを淡々と片付ける、みたいな日。自分を守れるのは自分しかいない、ということはずっと前に理解したつもりだけれど、守り切れないことはどうしてもある。ヤドカリのように、自分のためのシェルターを背負って歩きたい。

 

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(「開」よりも「閉」がぼろぼろになっていて、みんな急いでるもんな、と思わず撮ってしまった。)

 

2月11日

自分でもなんでか分からないが突然の沈み。せっかくの休みだったが何もせずに夜になってしまった。かろうじてトレーニングへ行って、マイナスをゼロへ。こんなことばかり。

 

2月12日

気を抜くと冷気のような憂鬱さが忍び寄ってくるので、できるだけ手や身体を動かして紛らわす。YouTubeやPodcastで面白いと思ったらちゃんと笑ってみる、というのは気持ちが沈んでいるときに効果的だ。

 

2月13日

どうしてもしんどくてスロースタートになってしまった。外で水道管の工事をしており、ひっきりなしに怒号(ではないのだと思うが、どうしてもそう聞こえてしまう)が聞こえてきて気が滅入る。工事自体は本当に重要なのでありがたいが、それとは別の話として、気が滅入る。

仕事。とにかくやらなければいけないことをこなす。ただそれだけ。帰り道、朝炊いたごはんをそのままにして来てしまったことに気づいて鬱。宅配ボックスに届いた荷物を受け取ろうとしたら、書かれた暗証番号で開かずまたもや鬱。一桁ずらしてみたり、ほかのボックスを試してみたりもしたがどれも開かなくて、これは明日宅配業者のひとに問い合わせてみるしかない。何もかもダメ。

帰宅後、ごはんの様子を確かめるとかろうじて大丈夫そうな気配がしたので冷凍してみた。冬だしイケるだろうたぶん、と思うのはもちろん自分しか食べないからで、こういうときに一人暮らしでよかったなと思う。

 

2月14日

いろいろ考えていたら眠れなくなり、朝方ようやく寝入った。少し眠って、宅配ボックスの件で宅配業者の営業所へ電話。配達してくれたドライバーさんが来て試してくれたが開かず、結局管理会社のコールセンターへ連絡。コールセンターから営業所へ連携され、営業所から連絡をもらい、「有償になりますが、ご本人が対応するか業者が対応するかで費用が変わります」と言われもう一度ドライバーさんへ連絡をし、金額を伝えると「開錠の前に現金でお渡ししに行きます」と言われ(言い値でいいのか?領収書とか確認しなくて大丈夫?と逆に不安になった。もちろん嘘はついていません)その旨をもう一度管理会社へ連絡し……。不在でも受け取れて便利な宅配ボックスだが、暗証番号が神のみぞ知る状態になるといろんな人を巻き込んで対応しなければいけないことを学んだ。この人手不足の中で毎日正確に配達をしてくれる業者さんには感謝しかないので責める気にもならず、なんか、大変だよね世の中……という何ともいえない気持ちだけが残った。荷物は無事に受け取った。

夜はトレーニングに向かう。初めてのベンチプレスはできなすぎてまた笑ってしまった。バーだけでももう、だいぶ無理。でも重たいのを上げれるようになったら嬉しい気がしたので、目標のひとつにして頑張ろうと思った。

ごはんは食べたが何も起こらず無事。

 

2月15日

大好きになった映画『鯨が消えた入り江』の再上映へ。やっぱり何度見ても素敵な作品。

配給会社マーチの田辺さんのトークショーにも初めて参加した。Blu-ray製作のビハインドや、主題歌を歌うHUSHさんのエピソードなど、とても面白くて配給っていい仕事だな、と思った。

週末つくりおき。豚肉とパプリカのオイスター炒めにブロッコリーを添えて。ブロッコリーのコスパの良さに今さら気づいたので多用していく。今週も頑張れ、自分。

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2月16日

いろいろ考えていたら眠れなくなる現象、再び。それでも月曜日はやってくる。今日一日何をしていたのか、夜の時点ですでに覚えていない。週末にスキップしてしまった洗濯を帰ってから決行。洗濯も皿洗いも、自分がやらない限りずっとそのまま。そりゃそう。

 

2月17日

S先輩と隣同士の席で幸せだった日。お互いにすぐしゃべり出して止まらなくなってしまうので、「もう私たち、隣に座るのやめよう」と笑いながら話した。

 

2月18日

鉄球が急な坂を転がり落ちるように、いろんなことをまたぐるぐると考え出しそうになったので、慌てて止めた。何にもこだわらず、できるだけ振り返らず、わだかまりを反芻しない、なるべく全てのことをさらさらと受け流して、余計なことに首や足を突っ込まない、最近定期的に思い出すようにしている。というか、念仏のように唱えることにしている。正しいか正しくないかでいくと全く正しくないし、つまらない人間になっていると思うが、今、自分の心配事や傷つきを取り扱うキャパシティがないことが分かっており、こうするほかない。

 

2月19日

朝、プロテインを飲むことにしてみたら午前中の調子が良い。いい習慣を見つけたかもしれない。

 

2月20日

2月、ずっと疑心暗鬼に囚われており気持ちが沈んでいる。職場で疎ましく思われているのではないか、と考えてもしょうがないことに延々と苦しんでいたが、もしそうだったとして、たぶんみんなより私の方が私のことめんどくさいと思ってるわ、ということに気づき、少し気が楽になった。

この1年でたくさん人が入れ替わり(この1年に限らず常に入れ替わってはいるのだが、ここ最近は特に)自分にとっては少し居心地の悪い環境になってしまった。でも、何事においても全て心地よいということは基本的にないので、なんとか自分の側がアジャストして生きていくしかない。分かっていても、骨の折れる作業ではある。

夜、ジム。先週と同じトレーナーさん。何人か違う人に教えてもらっているが、この人が今のところいちばん厳しく、そして楽しい。意外と、びしばしされるとやる気が出るタイプなのかもしれない。死ぬほどスクワットをして汗だくになり、いい気分になって帰宅。結局、からだを動かすのがいちばんのストレス解消かもしれない。

 

2月21日

ナッシュ受け取り。実家へ帰る。両親は私のことが心配だろうが、同じぐらい私も両親のことが心配。多少の困りごとがありつつも、元気そうでよかった。

 

2月22日

目の痛みが耐えられなくなってきたので眼科へ。アレルギー性の結膜炎と言われ、塗り薬と目薬を処方された。

帰りに丸の内の丸善に寄ったら、店内がとても混み合っていて驚く。書店に人がたくさんいるというのは嬉しい。見るだけ、のつもりだったがどうしても読みたい本を見つけてしまい、一冊購入。次の本を買わないうちにさっさと退店した。本は文字通りプライスレスだと思っている節があり、気づくと際限なく買ってしまう。あぶない。

とても暖かくて春みたいな日。外出中、立ち止まって鼻をかむ人を3回見かけた。花粉が始まっているのかもしれない。急な暖かさでなぜか少し疲れてしまい、帰宅してから元気が出ずしばらく眠ってしまった。季節の進み具合に追いつけていない。

 

2月23日

朝からジムに行って筋トレをし、その足で買い物に行ってお昼ごはんを作って食べ、さらに1週間分の冷凍つくりおきも作るという年に1回あるかないかのアクティブな休日。外はやはり暖かく、春を通り越して初夏みたいな陽気。

夜、映画『幻愛 愛の向こうに』を鑑賞。公式はラブストーリー、と謳っているが、ラブストーリー、愛の物語というよりも「愛についての物語」と呼んだ方が正しいのではないかと思った。扱っているテーマは重たいように見えて実は軽やかで、求める愛が得られないときの虚しさをひとはどう取り扱っていくか、という話な気がした。とにかく主演の二人の演技が圧巻。よい映画を観た。

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(今週はハニーマスタードチキン風とナムル。)

 

2月24日

春が苦手な人間からすると、ここ数日の暖かな陽気が非常にしんどい。明日からはまた寒くなると聞いて少し安心、しかし雨らしい。

気にしてもしょうがないことが分かっていても、どうしても心に棘のように刺さってしまう出来事があり、さらにそこから過去のつらい記憶を突然鮮明に思い出して、おえ、となった。反芻しない、振り返らない、をモットーに生きていきたい。

 

2月25日

全てがダメ。すごろくで言うと一回休み、みたいな日。悲しくても寂しくても情けなくても耐えてゆくしかない、人生なので。

 

2月26日

内側に降り積もった重苦しさの2%くらいを、なんとか口に出して他人に話すことができた。それはつらいかもね、と言ってもらえただけで少し救われた気がした。雪解けのように少しずつ、消えてなくなってくれたらいい。

 

2月27日

2年半同じ仕事をしていて、2年半経っても未だに慣れない、苦手な仕事がある。終わったあとはぐったりと疲れてしまって、なんでああ言ったんだろう、とかもっとこうすればよかった、みたいなひとり反省会が始まってぐるぐるする。夜、あまりに気落ちしてしまったので仲の良い先輩のところへ行って、疲れました、と言ってみた。笑って、おつかれさま、と言ってもらえた。

性に合わない。向いてない。うまくやれてない。分かっている。性に合わなくても向いてなくても、仕事なのでとりあえずやらなければいけないときがある。先輩が、帰りにアイスでも買って今日のことは忘れ去るのさ、とチャットをくれた。そのマインドでやっていきたい。

 

2月28日

関取花ちゃんのワンマンライブへ。横浜。雑然としていて苦手だが、好きな人のためなら行く。「塀と宇宙」から始まったとき、心から、来てよかった、と思った。ずっとずっと大好きな人。大好きな音楽。

 

 

やせたい日記 1月

1月10日

今年は痩せる、と決めたので、思い立ったが吉日、気になっていたパーソナルジムの見学を年始に予約し、その日になった。スタッフの女性が丁寧に説明をしてくれて好感だったので、その場で入会の手続きをした。期間ごとにいくつかプランがあったが、なんとなくちょうどいいと思った3か月プランを選択。正直に言うとかなりの出費だが、健康を買えると思えば安いものかもしれない。がんばります。

 

1月11日-1月17日

ジムで進められた、カロミルという食事記録アプリを早速使ってみる。商品バーコードを読み取るだけで食べたものを記録できたり、レシピを読み込ませるとAIが自動でカロリーなどを算出してくれたりして、面白い。

普段自分が食べているものを数字で可視化すると、過不足が分かりやすくてよい。私はとにかく脂質過多。炭水化物をきちんと取るようにとアドバイスを受けたので、なるべく毎食ごはんを食べるように心がける。今まで食べていなかった朝ごはんもきちんと摂るようにした。あとは大好きなカフェラテやミルクティーを控える、間食をバナナやヨーグルトにする、帰りが遅くなるときは18時頃に先に炭水化物を取っておく(分食というらしい)など。何回か、我慢できずにコンビニのパンを食べてしまったが、急に全てはやめられないのでしょうがない、ということにした。人間なので。

運動は、大好きな竹脇まりなさんの宅トレ動画を1日1本はやる、と決めて実行。3分でもいいのでやる、は意外といい気がする。運動をすると夜の寝つきが少し良くなった。いろんなことが上向きになっている。

 

1月18日

パーソナルジム、トレーニング初回。到着するとスタッフの女性が親切に案内してくれた。スポーツウェアをまともに着たことがなく、トレーニング用のレギンスを手にして若干の戸惑い。これ、履くの?が率直な感想だったが仕方ない。

体重測定と食事やマシンの説明、トレーニングを少しして、身体の写真を撮って今日は終わり。なんとなく無事に終わったことにほっとして外に出た。やったことのないことをするのは緊張する。でもなんとかこなせてよかった。

 

1月19日

いろいろと時間管理をミスり、夕方までほぼ何も食べないまま一日が進行。おなかが空きすぎたので、近くにあったプロントで食事をした。脂質、一気に爆発。そんな日もあります、人間なので…(再)。

申し訳程度に夜ごはんで挽回。作り置きしておいた鶏モモ肉のブレゼと、にんじんグラッセとピーマン炒め。オイコスのヨーグルトでたんぱく質不足を補う。これで合っているのは分からないが、とりあえずトレーナーから言われたカロリー内に収まり、摂らなければいけないたんぱく質量もクリア。

インスタでLe Sserafimのカズハの筋トレ動画が流れてきたので、やってみようとしたらまず、同じ動きを真似できなかった。圧倒的な差を感じる。が、とりあえず見よう見まねで追ってみる。これで合っているのは分からない、全てが。

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(プロントのパスタ。)

 

1月20日

今まで、仕事の合間に甘いものを山ほど食べていたが、ぐっと堪えてプロテイン飲料を選択。少しずつの積み重ね。

少し早く退勤できた(当社比)ので、歩こうと思い一駅手前で下車。地上に出た瞬間に冷たい強風が首元を抜けていって、あ、失敗だったかも、と思った。二十四節気では大寒に当たる今日、夜のお散歩日和という感じではなかったかもしれない。が、引き返すのもへんなので強風の中を目をしばしばさせながら歩いた。歩いているうちに意外と身体は温まった。失敗ではなかった。

 

1月21日

誘惑に負けてジョナサンのティラミスを食べてしまった。めちゃめちゃおいしかった。昨日の大寒散歩、これにてなかったことに。

 

1月22日

なんだかひどく疲れてしまい、ストレスを食で解消する悪い癖が出てしまった。振り出しに戻る。

 

1月23日

レーニング2回目。ギリギリまで仕事が終わらず、飲み物を買って行こうと思ったのに時間がなくて、仕方なく直前まで飲んでいたストレートティーを持って入ったら、とても優しくトレーニング用のドリンクを勧められた。すみません。

ウォーミングアップのストレッチをしながら食事のチェック。ファミマのアーモンドツイストが好きすぎてやめられていないことがバレる。「でも、正直につけててえらいですね!」と苦しまぎれのフォロー。重ねてすみません…。

からだを動かすのは純粋に楽しいし気持ちがいい。トレーナーの方がいちいち褒めてくれるのでやる気が出る。モチベーションをあげるためにそうしてくれていることは分かっているが、それでもうれしい。早速筋肉痛が始まっている。これから少しずつだ。

 

1月24日

ジムの特典で注文できるナッシュが届いた。冷凍庫足りない問題に直面する。自分で作るつくりおきも冷凍しているので、圧倒的に足りない。どうするかは今後考えることにします。

なんだかどっと疲れて、不本意ながらほぼ一日横になったまま過ごしてしまった。夜、ようやく元気が出て1時間ほど散歩。効果があるのかはよく分からないが、からだが少し軽くなったような気がしてよかった。週後半の食生活の乱れが顕著に現れて、体重・体脂肪ともに逆戻り。こうして目の当たりにすると、繰り返してはいけないなという気分になる。しかし、普通に生活しているだけでも、健康的な食事を続けていくのは難しい。これをできている人たち、本当にすごいと思う。

 

1月25日

仕事の日の昼ごはんをバランスよく食べるのが難しすぎるので、以前やっていたつくりおき冷凍弁当を再開。週末にまとめて作って冷凍しておけばよいので楽だ。ナッシュに冷凍庫を占領されているので、とりあえず3食分だけ作る。自分で作ったものを食べれるというだけで、心の余裕が生まれる気がする。

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(若山曜子さんのレシピ、作りやすくて大好き。鶏もも肉と白菜の黒酢蒸し)

 

1月26日

つくりおき弁当、おいしくておなかももつのでよかった。おやつに買ったプロテインバーがおいしくて驚く。今日も帰りは一駅分お散歩。続けていればいいことが起きる、と勝手に暗示をかけてがんばる。

 

1月27日

レーニング3回目。トレーニングよりも、トレーナーさんとの雑談が難しい。美容師さんもそうだが、専門的な技術とは別にお話もできないといけない仕事のひと、本当にすごいなと思う。

シングルレッグスクワット、という片足のスクワットが楽しいし効いた。運動した感があって好き。

 

1月28日

筋肉痛。そろりそろりと歩く人になる。おやつにソイジョイを食べるようになった。おいしい。

 

1月29日

インスタでおいしそうなパンやスイーツの写真が流れてくると、食べたい…!と思ってしまう。がまん、がまん…。

 

1月30日

先輩たちと飲みに行ってとてもいい気分になり、帰ってからも飲んで気づいたらおつまみに買ったナッツがなくなっていた。明日トレーニングに行く日なので、結果は明日数字で見ることになるだろうな、と覚悟を決める。

 

1月31日

飲みすぎ食べすぎの結果をしかと数字で確認。トレーナーさんが、「ま、しばらくはでこぼこするもんなんで!」と明るくフォローしてくれて申し訳ない。もう少し気を引き締めて頑張ります。

1月の日記

1月1日

元旦。家族で紅白歌合戦の録画を見ながらおせちを食べる。ユーミンの歌唱時、松任谷正隆さんの弾くパイプオルガンが「翳りゆく部屋」のイントロを奏で始めたときに思わず涙が出てしまった。かっこよすぎるし美しすぎる。母に、パイプオルガンを弾いてくれる人と結婚したい、と伝えたところ、ちょっと難しいかもね、と言われた。家族3人でユーミンの歌をくちずさみながら過ごす正月、穏やかでよい滑り出し。

夕方、少し時間があったので家の近所を歩いた。地元の夜道が暗いことを忘れていて、途中から早歩きで家に戻った。よくこんな中で毎日通学したり、通勤したりしていたな、と思ったけれど、ほかを知らなければ当時はそれが当たり前だったのだ。人も車もほとんどいない道を、ただ歩いた。

 

1月2日

実家に置いてあったギターをまた触りたくなって、弦交換のために楽器店へ持って行った。新しい弦を張ってもらって、チューニングして早速弾いてみると懐かしい音がした。ほとんど弾けないまましまい込んでいたが、やはり触れると落ち着く。いろんな心の守り方がある。

 

1月3日

帰省終了。なるべく自炊するようにしたい、という話をして実家を出てきたのに、自宅の最寄り駅に着く頃にはもうめんどくさくなって、マクドナルドへ吸い込まれるようにして向かう。そんな感じでなんとなく生きてきたと思う。

 

1月4日

新年最初の映画は『MGA MAGICAL 10 YEARS DOCUMENTARY FILM ~THE ORIGIN~』を鑑賞。Mrs. GREEN APPLEのデビュー10周年を記念して公開されたドキュメンタリー。一度彼らのことをきちんと知りたいなと思っていたので、選んでみた。

すぐに感想を書けないくらい圧倒された。大森さんと彼を支えるバンドメンバー、そしてこのMrs. GREEN APPLEというひとつのプロジェクトを動かしている多くの人たち、全てがすごいなと思った。へんな話だけれど、自分がもしこのプロジェクトのどこか一部分にでも関わる人間だったとして、その事の大きさに萎縮して一言も口を聞けなくなってしまうだろうな、と考える、それくらいにはものすごいことだと思った。大森さんと私は同い年、別にそんなことは問題ではないけれど、なんとなく同年代の人がこれだけ世界を動かしているということが、励みにも刺激にも目標にもなった。これからの一年、自分は何をして生きていこうか、と考えるきっかけになる映画だった。

 

1月5日

仕事始め。早く世の中が通常運転に戻ってほしいと願っているので、少なからずほっとする。失われた年末の記憶を取り戻すところから。たった一日で仕事納めの日と同じくらいの状態まで疲れたのでむしろ仕事の力はすごい。自分には到底手に負えないことをやっている、と痛感しながら帰路。

 

1月6日

早くも疲弊。自分には到底手に負えないことをやっている、の感覚が続いている。もう何年も同じことをやっているのに、未だにその仕事が手に負えないということは、一体何なら私の手に負えるのか。虚しささえ感じながら、スタバのドリンクで自分を鼓舞。ホットアップルサイダーを初めて頼んでみた。すごくおいしいりんごジュース、と思ってしまったので、はなからおしゃれなものが向いていないんだと思う。私はここで何をやっているんだろう、とぼんやりと思いながら帰路。星がきれい。

 

1月7日

何も分からないのに、分かっている感じで話さなければいけない場面が多く気が滅入る。「私に聞かないでください」というプラカードを掲げて生きていきたい。子どもの頃は、歳を重ねればいろんなことが分かるようになって、少しずつ世界が自分のものになっていくのだと思っていたが、そんなことはなかった。分からなさを引きずったまま二十代も終盤に差し掛かり、分かってるふりのバリエーションばかり増えただけの大人になってしまった。そろそろそんなのも通用しなくなって、誰にも必要とされなくなる日がくるのではないかと恐れている。

 

1月8日

思いつきで始めて、分が悪いので適当な理由をつけてひっこめる、という長期的な一部始終を垣間見る。自分も力を尽くしたかと言われたらそうではないので、何も言えない。保守的な組織の中で何かを変えるには、ただ仕事だからという以上の熱意が要る。

それとは別に、自分の考えや見通しが甘かったなと痛感する出来事があった。根本的な物事の見方や目線の向け方を変えなければいけないな、と思うことが続いている。

 

1月9日

自分の身は自分で守らなければいけないが、どうにも戦う気力が湧かず守りきれなかった日。生きていればいろいろあるよな、とひとりごちる。

 

1月10日

昨日、気持ちがくしゃくしゃしてワインを飲んだらいつのまにか寝落ちしていた。朝シャワーに入って外出。午前中の用事を済ませ、近くにロイヤルホストがあったので入店。普段あまり入ったことがなかったが、雰囲気がよくてコアなファンがいることにも納得。今後また来たいなと思った。

新年だし何か始めたいなと思って見学を予約していたパーソナルジムへ。スタッフの方がとても親切で、その場で入会を申し込んだ。運動も食事も改善していかなければならない。とりあえず自炊をするところから。

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1月11日

久しぶりに車を運転したくなり、実家へ。父に同乗してもらって、しばらくドライブ。車庫入れはとんちんかんなまま。回数を重ねるしかない。

からだごと吹き飛ばされそうな強風だった。明日は成人の日、穏やかな天気になりますように。

 

1月14日

正しいことをしたというエゴにまみれて帰路、再び。

 

1月16日

何をしているのか自分でもよく分からないまま、暇つぶしのように仕事をしている。よくないなと思う。

 

1月17日

美容院。他愛もない会話。最近、帰り道に余裕があるときは一駅手前で降りて歩くようにしている。燃え殻さんの『BEFORE DAWN』を聞きながら夜道を歩くと心が落ち着く。満たされる時間だ。

 

1月18日

パーソナルジム初回。予定があると一日の過ごし方にメリハリがついて良い。夕方の街を歩いていると、穴に落っこちてしまったかのような憂鬱と不安感にふと襲われる。不貞腐れているわけではなくただ純粋に、何のために生きているんだろう、と思う。明日死んでしまっても差し障りのない人生。

 

1月19日

銀行と役所に行かなければいけない用事ができ、半休を取って手続きツアー。時間内に全て終えられるか自信がなかったが、なんとか遂行できてほっとした。役所では英語、中国語をペラペラに話せる職員の方が何人もおり、さらに番号を呼んでも現れない人を探し出したり、「3番に行けって言われたんだけど!?」と初っ端から怒っているおじいさんをなだめながら案内したり、その上間違いが許されない現場であるから、本当に大変な仕事だと思った。

昼ごはんを食べ損ねたため、近くにあったプロントで遅めの昼食。おいしかった。

 

1月20日

話す相手によって返す言葉や調子を変えることがある。ひとはみんな違うので、極度の二枚舌でなければ多少仕方がないところがあると思うが、もしかしてこれってずるいのだろうか、とふと考えてしまった。その場限りの同調を繰り返した結果、あっちとこっちで言ってることが違う、ということが発生してしまっている気がする。私がもっと強い人間だったら。

 

1月21日

年末年始の休みで蓄えていた体力や心のゆとりが早くも尽きてきた。新年ゆえの「よし、がんばるぞ!」のブースト効果がほぼ出力を失って、突然の減速。張りつめていられたものが何となくぷつんと切れてしまったような感じがする。それでも日々は続くし、一年はあと344日残っている。

 

1月22日

できるだけ頑張らずに生きていきたい。

 

1月23日

仕事帰りにトレーニングへ。金曜の夜まで頑張った。ねむい。

 

1月24日

どっと疲れがきて、そんなつもりはなかったのにほぼ一日横になったまま過ごしてしまった。夜、せめてもの抵抗で1時間ほど散歩に出かける。上弦の月。なんだかいつもより月が大きく見えた。

 

1月25日

12月に近所にオープンした魚屋さんに一度行ってみたくて、散歩がてら下見。普段魚を買わない素人が見ても、美味しそうなお魚がいっぱい並んでいた。今度買いにくることにする。

歩いているだけでも思わず目をつぶってしまうほどの風の強さ。なんだかんだ、風のあるなしで天候の良し悪しが決まっているようにも思う。寒かったが、空気が澄んでいて向こうのほうにきれいな夕焼けが見えた。

 

1月26日

ああ要するに甘えてるんだな私、ということを今日突然はっきりと自覚した。こんなに頑張ってるじゃん、何が悪いの、とどこかでずっと思っていて嫌だなと思う。そんなことなのでやはり空回り。うまくいかない、うまくできないことばかり。

ひさしぶりにお弁当を作って持って行ったら、「お弁当じゃん、今日実家から来たの?」と好きな先輩(女性)から声をかけられて愛。自分ではお弁当を作らなそうなひとだと分かってくれていて安心する。私が心底だめな人間だと分かっていながら、ありがたいことにどこかで愛してくれている人が私の人生において数人いて、そういう人たちのおかげで今日まで死なずに生きてこれたと思う。

 

1月27日

レーニングに行ってからだを動かすと気持ちいい。シンプルなことだが、運動することが楽しいと感じるようになるとは思っていなかった。うれしい。

去年(ようやく、2025年のことをそう言えるようになってきた)の終わりあたりから、主に仕事に関してあれこれ考えるのをやめるようにしていたが、最近またその感じが戻ってきていて困る。考え出すとつらくなるので考えたくない、は甘えだろうか。きちんと向き合わなければいけないことは分かっているが、今は「考えない」ことしかできない。

 

1月28日

つまらないことで小さな嘘をついて、その瞬間からちくちくとした後悔が始まった。自分の心の弱さ、そして少しのずるさゆえの嘘。元に戻せないので引き受けるしかない。自分自身のせいで落ち込む。

 

1月29日

苦手だと思っていた人と、最近ようやく打ち解けて話せるようになってきた。ちゃんと関わり出してからほぼ1年が経とうとしている。知らない人と仲良くなるのにものすごく時間がかかるタイプ。

さまざまなことが、始まったときからどんどん移り変わっていくし、何かや誰かを最初から決めつけたり諦めたりする必要はないということを、徐々に学んでいっている。実際にそれをするのはまだ難しいけれど、今はまだ移り変わりの途中なのかも、と思うことで一旦脇に置いておける痛みがあると思う。

 

1月30日

職場の大好きな先輩二人と飲み。楽しすぎて、好きすぎて、時間があっというまに過ぎてしまった。いつまでもこの時間が続いたらいいのに、と少し幼いことを考えてしまった。大好きな人たちと、ずっと一緒にいられたらいいのに。

先輩たちと別れて電車に乗ったとき、燃え殻さんの日記を読んでお母様が亡くなられたことを知る。泣く寸前のところでどうにかこらえた。お母様どうか安らかに、燃え殻さんどうか少しでも心休まる時間がありますように、どうか、どうか、という言葉ばかり浮かんで、いてもたってもいられずコメントにそう残した。家に帰ってから読み直して、何度も読んで、泣いた。

仕事柄、ひとが本当に突然亡くなって、いなくなってしまうということを普段から目の当たりにする。私の両親もいつかは死んでしまうし、それは私よりも先である可能性の方が高くはあると思う。自分もどういう理由でいつ死んでしまうか分からないのでこういう書き方になる。

そのことを分かっているつもりで、どこかでいつも「明日、二度と会えなくなるかもしれない」と考えて過ごしているが、だけど実際にそのときを迎えたら、とても耐えられないだろうな、と想像した。結局自分のことばかり考えていてすみません。

今日別れがあった人たちに、少しでも心休まる瞬間が訪れますように。

 

1月31日

昨晩、家に帰ってからも飲んでいたら飲みすぎてしまい起きたら昼。なんとかベッドから這い出て夕方のトレーニングに行くために準備をする。体重、体脂肪率が逆戻りでため息。普通に生きてるだけで太っていくなんてつらすぎる…と思いつつ、実際食べすぎたし飲みすぎた覚えがありすぎてただただ反省。でもこうして振り返る機会があって、まだよかった。もう少し気をつけて生活していきます。

 

12月の日記

12月1日

なんとなく、そんなに多くの人には話してないんだろうなという打ち明け話を聞き、なぜかこちらも打ち明け返したい気分になって、誰にも話すつもりのなかったことを話してしまった。あとから、ああやめておけばよかった、と後悔。その場限りの高揚でつい余計なことをしてしまう癖が直らない。

 

12月3日

急にきゅっと冷える。帰り道に夜空を見上げると月も星も一段と明るかった。本当にあと数十日で今年を終えられるものだろうか、と思わずひとりで首を傾げる。終えられるかどうかに関わらず終わっていくものだ、とも思う。

 

12月5日

礼儀正しさの壁を絶対に崩さないぞという強い意志を持った(と推測される)人に出会った。立ち居振る舞い、話題と注文のチョイス、その場にいない人についての言及の仕方、全てが完璧で、文字通り恐れ入った。一方で、他人をあげて自分を下げるという話し方を常にするので、そんなことないですよ、そんな風に言わないでくださいよ、と逐一返すのに途中から疲れたというのも率直な感想だった。本心でそう言っているのなら精神状態が心配だし、そういうふうに振る舞わなければならない相手だと思われているのだとしたらかなり寂しい。自分なんてそんな、そんなそんな、という言葉に、あなたがそう言うならそうなんじゃないですか、と返したい衝動を抑えていた夜。

 

12月6日

つまるところ、うっすら下に見られていたということに気づいて、納得。

 

12月8日

朝、なんとなくしんどいなと思いながら出勤。昼頃から本格的に「体調不良」と言って差し支えない状態になり、出社の仕事を片付けて一旦家に帰ると37.5度の熱。高熱ではないが絶妙にしんどく、絶妙にしんどいが無理をすれば仕事ができてしまう最も厄介なラインだ。家で残りの仕事を片付けて、粛々と近所の内科の受診を予約した。

仕事もプライベートもさまざまなことが、まず私が心身ともに健康でフル稼働できることを前提に組み立てられていることを思い知る。実は簡単に崩れてしまう骨組みの中で日々を生きている。

 

12月9日

明け方から布団の中でもがたがたと震えるほどの悪寒。起きて熱を測ると39度2分で、昨日の私のぼやきが何らかの神様に届いてしまったのか、かなりちゃんとした体調不良になった。申し訳ないが仕事は休み、昨日予約した病院の時間までとにかく眠った。

検査をするとコロナもインフルエンザも陰性で、首のリンパが腫れてます、と申告すると2秒ほどの触診の後、「あっ、すごいね。じゃあリンパ節炎だね」と抗生剤と大量のロキソニンを出された。(ほんとか?)

あとは薬を飲んで寝るしかない。ロキソニンを飲んだら仕事ができてしまうな、と考えてどんよりする。仕事ができないほどの体調不良ってどこからなんだろう、と思う。

 

12月10日

夜中気分が悪くて眠れなくなり、明け方ようやく寝入って目が覚めたら11時前。やってしまった。慌てて休暇の連絡をして、また眠った。

ロキソニンを飲まなければ普通に39度の熱。早く治ってほしい気もするし、このままずっとこうしていたい気もする。

 

12月11日

38度台後半の熱が下がらず。仕事にならない気がして、申し訳ないが休暇3日目。めまいがしてスマホの画面を見ることができず、かといってじっとしていると嫌なことばかり考えるので、radikoのタイムフリーで燃え殻さんの『BEFORE DAWN』を聞く。初めて燃え殻さんの声を聞いたが、文章の通り穏やかで、いい声だなと思った。ムーミンの本の話あたりまでは記憶があったがそのまま眠ってしまい、目が覚めた頃にはなんと18時前になっていた。一度も目覚めずに8,9時間ぶっ続けで寝ていた。怖い。

さすがに食べるものがなく、ロキソニンを飲んでヨタヨタと近くのスーパーへ買い出しに行く。洗濯を回して皿も洗い、その間ずっとそれなりに体調は悪いが、大丈夫、周りから誰もいなくなっても私は私の力で自分を生かしていくんだ、という謎の境地に入り、心理的には少し上向きになった。でもその心持ちってこれから、大事だよなと思う。

 

12月12日

高熱が下がらず、休暇4日目。さすがに週末で何とかしなければという焦りが募り、内科を再受診。別の抗生剤(強い薬のため「下痢します。」と端的な説明を受けた)を試そうということになり、そのほかにももう二度と来るなと言わんばかりの大量の薬を処方されてクリニックをあとにする。(大丈夫か?)

薬局に行き、スーパーで何か食べられるものを買って帰ろうと店内をよろよろと歩いていると、BGMでBoAのメリクリが流れてきて、自分と世の中のギャップを突然突きつけられ静かに落ち込んだ。メリクリどころではないし、溜まった仕事のことを考えたらぞっとするし、本当にこのまま今年を終えられるのだろうか、と今改めて首を傾げている。が、終えられるかどうかに関わらず終わっていくものだ、ともやはり思う。

 

12月13日

上がり幅は小さくなってきたものの、それでもまだ38度台の熱。もうこれは週末の2日間でも解決しないと見込んで、絶え間なくロキソニンを飲む手法に切り替えた。あまり良くない気がするのでやりたくないが、仕方がない。とにかく日中活動できるようにしなければという焦り。

 

12月14日

ロキソニン駅伝作戦が効いて、とりあえず最低限普通っぽい生活を送れるようにはなった。外出する体力を取り戻さねばと、手始めに近所の映画館へ。気になっていた『佐藤さんと佐藤さん』を鑑賞。どちらがいい悪いではなく双方向からボタンを掛け違えていく様子を描かなければいけない作品で、宮沢氷魚(タモツ)・岸井ゆきの(サチ)の演技が見事にその役割を果たしていた。最後の岸井ゆきのが自転車に乗りながらひとりで歌うシーンは、『愛がなんだ』のラップのシーンを思い出した。こういう演出がとてもよく似合う俳優さんだなと思う。

「離婚するなら最初っから結婚しなきゃいいのにって思いますよね」というセリフから始まるこの映画。夫婦になること、苗字が変わる/変わらないこと、子どもを産み育てること、そんな中でも働き続けること、性別や職種による役割意識のこと。自分と違う状況、違う立場のひとのことを、自分自身も大変な状況の中でどれだけ考えることができるのか。今まさに多くの人が直面しているであろう問題が巧みに詰め込まれていて、胸が詰まる思いだった。

タモツの故郷が福島に設定されていたこともまた、あえて具体的に場所を明らかにして描きたいという製作側の思いを感じた。地元に魅力を感じて3人で福島に暮らそうとまで言ったタモツが、結局弁護士になって東京で働いている(と思われる)ところも現実という感じでよかった。観た後に納得して忘れていくのではなく、ひっかかりを残しながら流れていく物語の作り方が好きだなと思った。

観終わって外に出るとすっかり夜、吐く息が白くなるほどには寒い。ふたご座流星群が極大になる日だが、日中の雨のせいか雲が出ていて、冬の大三角がかろうじて見える夜空だった。それでも時折、夜空を見上げながら帰った。

 

12月15日

仕事へ復帰。復職、とさえ言いたくなるような心境で、申し訳なさと怖さと途方のなさで気持ちがくしゃくしゃになりながら何とか乗り切る。不在のあいだフォローしてくれた人たちが、嫌な感じを全く出さずに大丈夫?とだけ言ってくれて本当に救われた。こういうふうにひとを救える人間になりたいと心底思った。

 

12月16日

だいぶ調子が戻ってきた、気がする。どこまでが本当の回復で、どこからがロキソニンによる効果なのか、もはや分からない。分からないのでやめられない。依存というのは「やめたらどうなるのかがわからない」という不安から始まるのだと実感。でもそろそろやめていい気がしている。

1週間ぶりに出社。会う人会う人に、すみませんでした、はい、大丈夫です、すみません、と繰り返す日。体調大丈夫?の問いかけに対する正しい答えに未だ辿り着いていない。大丈夫ではないが世の中に踏み出していく以上、大丈夫な自分でありたい、という要らないプライド。

夜、あともう少し頑張ろうと思ってファミマにカフェラテを買いに行ったら、ものすごいタイミングでコーヒーマシンのミルクが切れ、店員さんを呼んだ。すぐに補充しますね、ととても快く応じてくれた。こんな時間、もうほとんど誰もコーヒーなんて買わないのに、ミルクを補充させてしまった申し訳なさでいっぱいになりながら佇んでいた。もう一度淹れたがうまく出てこず、この時点でほとんど心が折れていたが引くに引けなくなって、3回目でようやくカフェラテMを手に入れた。店員さんありがとうございます。

仕事を終えふらふらと帰路、ファミマ(再)でレジに並ぶと、レジ袋を断ったのに、プラ容器に入った惣菜を丁寧にポリ袋に入れてテープを貼ってくれた。傾いて中身がこぼれることがあるのだろう、もしかしたらそういうクレームをつけた人がいるのかもしれない。その配慮がとてもうれしい、と思ったので、ありがとうございます、と言った。疲れていたが明るい声が出てほっとした。今日は二度もファミマの店員さんに救われた。ただそのことで、いい一日だったと思えた。

 

12月17日

無意味な打ち合わせの連続。拠りどころのない日。いたたまれなくなってそそくさと退勤。そんな日もある。

 

12月18日

AirPodsが10分もしないうちに充電が切れるようになったので、ついに新しいものをネットで注文した。一体いつから使っているんだろうと買ったときの履歴を調べてみたら、2020年の8月に購入していた。まる5年とちょっと。この手の機器にしては長く使った方だと思う。イヤホンがなかったら生きてこれなかった。誇張ではなく本当に、そうだと思う。今までありがとう。

 

12月19日

会社でいちばん仲良くしてもらっている先輩とお疲れさま会。思いつくままに話をして、ごはんを食べて、お酒を飲んで、本当に他愛もないことだけど、今夜この場所にしかない唯一無二の、宝物のような時間だった。一緒に時間を過ごすそのたびに、本当に優しいひとだなと思う。生きていてよかった、と思うことはあまりないけれど、今日みたいな日があるから時々、この人生が自分のものでよかった、とは感じることができる。

 

12月21日

AirPods4が届いた。充電しようとしたら、Lightning規格ではないことに気づいて固まってしまった(iPhoneも先代AirPodsもLightningなので、Type-Cケーブルを持っていない)。時代はType-C、ケーブルを買い足す必要性を認識した。

高熱を出していた期間に、ふと思い立って頼んでみたフェリシモの編み物キットも届く。早速開けて始めてみたら楽しくて、これから頑張ろうと思った。熱中して手を動かす時間は心が落ち着く。

 

12月22日

片平里菜さんの『一日中』というアルバムが好き。最近ずっと聞いている。

 

12月23日

やる気が出ない。というか、ない。もうずっと長いこと、ない。たぶん夏ぐらいから。今年最後の週だと思ったらなおさらない。でもやれることをやる。やる気がなくてもやる。それが仕事だから。

 

12月24日

22時過ぎ、前の席に座っている先輩と、「今日この時間に仕事してる人たち、全員にいいことがあってほしいですね」という話をした。少しして、もうさすがに帰ろうとなったときにその人が、「⚫︎⚫︎駅で降りるでしょ、途中まで一緒に帰ろう」と言ってくれたのが嬉しかった。最寄り駅前のコンビニにはたくさんのショートケーキが並んでいた。まだ定価のまま。世の中ではイベントが続いている。

 

12月25日

「まあ、普通の平日って感じですよね」という会話を、出勤から退勤までに3回した。夕方、ビルの中を歩いていたら、クリスマスツリーだったものが片付けられる前の状態で横たわっていて、そうだよな、と思った。帰りに寄ったコンビニではずらりと並んだショートケーキ全てに100円引きのシールが貼られていた。

職場では、今年もお世話になりました、良いお年を、と挨拶しながら帰っていく人がちらほら。終わっていく、これから。着実に。

 

12月26日

よく利用する職場近くのカレー屋さんから、「明日から冬休みなのに、多く仕込んでしまい廃棄が出そうです」とアプリで通知が来た(汗マークの絵文字付き)。出社でお昼がまだの方はぜひ、との内容だった。そう言われると買わないわけにいかない。年内最後のお昼ごはんは、カレー屋さんで買ったローズマリーチキンとライスだった。とてもおいしかった。

クライアントとの打ち合わせが夕方に入っていたので、最後まで気が抜けない日だった。よいお年を、と言い残して早上がりしていく人たちを横目に、資料の確認。終わって帰社した頃には、すっかりエンディングのムードになっていた。細々とした残り仕事を片付けて退勤。仕事、納まるのだろうかとずっと思っていたが、なんとかなった。なんとかなるようにできている、だいたいのことが。

やったー!となるわけでもなく、ただどんよりと疲れていて、寄り道する気力もなくいつも通りに家に帰る。まあ、頑張ったよな、といううっすらとした自分への労いを持て余して、大人しく風呂に入った。喜んだり、祝ったりするのにも体力がいる。今年もお疲れさま!という気分になれるのには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

12月27日

久しぶりに関取花さんのライブへ行った。好きすぎる人のライブに行くと、その人がステージに出てきた瞬間に涙が出てしまう。「花」のバンドver.を今日この日に聞けてよかった。私はここまでがんばってきたし、これからもがんばろうと思えた。

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(大手町三井ホールのホワイエから見えた夕焼け)

 

12月29日

不確かで名前のつけようもないけれど、ただ満たされた今だけがあるという場合に、それを続けるのにも終わらせるのにも信念が要るな、と思った。最終的には、物事がどうなっていくかということよりも、自分が何を信じてどう働きかけていくかということなのだと思う。

 

12月30日

実家へ帰省。電車から見えた夕焼けが奇跡のようにきれいで、死ぬ前に見る景色はこれでもいいな、と思った。

 

12月31日

帰省するときに携えてきたスーツケースのハンドルが、到着した瞬間にパキッと割れて壊れてしまった。買ったところに電話をし、修理できるのかを確認すると、専門のセンターへ依頼するので1ヶ月ほどかかるとのこと…。ハンドル以外は問題がないので買い換えるのももったいなく、修理に出すことにした。

ショッピングモールの中にある店舗へ持って行き施設内を歩いていると、蕎麦屋ミスドに長い列。大晦日という感じがしてよかった。何事もなく、家族で笑ってごはんを食べながら今日を過ごせることに感謝。きれいごとを言いたいわけではなく、切実に。それがいちばん尊いことだということがようやく分かるようになってきた。今年が暮れてゆく。今年も、暮れてゆく。